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奇跡の経営と価値観の関係

2015-04-05 [記事URL]

前回の記事で奇跡の経営とは、セムコが採用している制度でもなければ、セムコが出している経営的な成果でもないとお伝えした。

なぜなら、それらはセムコの企業環境や企業文化に合致した形で現れた表面的な特徴に過ぎないからだ。

だから奇跡の経営を、セムコの形に真似てみても、本来の社員が生き生きとして働く奇跡の経営の本質は実現することはできない。

重要なのは、社員にとって会社で働く毎日が休暇のように待ち遠しく楽しいことになるようにする「一週間毎日が週末」であり、社員がリーダーシップをとり自己管理できる「社員は大人」であるため、社員をコントロールすることなど必要ないという2つの価値観である。

この2つの価値観は、どの企業であろうと本来的に共通して持っておいてよい。なぜなら、それは人類の誰もが望むことであるからだ。

さて、この奇跡の経営だが、バリュー・ファクターの基になる「価値観経営」で実現できると、前回の記事で申し上げた。

その根拠を説明しよう。

まずは「一週間毎日が週末」についてだ。

週末とは、休暇のことだ。休暇では、私たちは誰からの束縛も命令も監視も受けない。そして、何をしなければならないといっった義務や責務もない。

だから、基本自分で何をするか決める。そして、何をするかは、その時自分がもっと好きなこと、やりたいことをするのだ。

休日は、私たちはもっともリラックスできる。リラックスするから、エネルギーが充電され元氣になる。リラックスしている自分は、もっとも自分らしい状態である。心にゆとりが生まれ、充実した時間を過ごす。

この休暇での状態だが、これはまさに私たちが自分の最高価値に生きているときの状態そのままである。

最高価値とは、自分がもっとも望むことであり、重要なことであり、大切なことであり、やりたいこと、大好きなことである。

好きなことをしている時の私たちは、時間を忘れて長時間に渡って疲れることなく、それをやり続けることができる。

最高価値こそが、私たちにとってのやりがいであり生きがいだ。そして、それが本来の私たちであり、生まれてきた目的であるといってよい。

つまり、最高価値に生きることは、もっとも自分らしい生き方であり、それがゆえにリラックスすることができるのだ。

これは世界的な人間行動学の第一人者であるドクター・ディマティーニの言葉だが「最高価値と仕事がリンクしていると、私たちにとってVocation(職業)はVacation(休暇)になる」のだ。

次に「社員は大人であり、自己管理ができる」と価値観との関係について説明しよう。

最高価値に生きているときの私たちは、誰から何を指示されなくても自分から自発的に動く。しかも、好きなことだからこそ中途半端なことはしない、全力でそれに取り組むのだ。

それから私たちは価値観に生きる時、ポジティブな特性を示すようになる。

私たちは、価値観を基準にして物事を認識し、判断(意思決定)し、行動する。これが私たちの行動のメカニズムである。

そして、物事が自分の価値観に合致している時、私たちは信頼がおけ、正直で、誠実、親切で責任感があり、リーダーシップを発揮するといったポジティブな特性を示す。

逆に価値観に反しているときは、不誠実でごまかしたり、先延ばししたり、無責任で怠けたりと、フォロワーのネガティブな特性を示す。

つまるところ、誰も嘘つきだとか正直者、真面目、怠け者、積極性がある、消極的な人間などいないということ。

ただ純粋に、自分の価値観に合致しているところで、私たちは正直でありリーダーである。価値観に反したところでは、ごまかしたり、先延ばしをするフォロワーであるというだけのことだ。

仕事では、カリスマ経営者としてリーダーシップや決断力が優れた人も、家庭では家事のことになると何もできない人になってしまったりするのだ。これはその人が仕事に最高価値をおき、家事には価値観をおいていないために起るのだ。

こうして考えると、社員が自身の最高価値と仕事を結びつけてとらえていれば、社員はその仕事に全力で取り組み、正直、誠実に働く。こういう社員は監視などする必要はないし、指図をする必要もないのだ。

奇跡の経営の言っている「自己管理できる社員は大人であり、管理監督せずともよい」というのは、まさにこのことを言っているのだ。

つまり、セムコの社員は、セムコで働くことが自身の最高価値と合致しているのである。だから大人のように、リーダーのように振るまい、自己管理できるのだ。

このように奇跡の経営の重要な2つの価値観「一週間毎日が週末」と「社員は大人であり自己管理できる」は、価値観経営によって満たすことができるのである。

では、この価値観を使って奇跡の経営を実現していく具体的なメソッドについて説明しよう。

次のレポートをご覧頂きたい。

岩元貴久


奇跡の経営を実現する方法

2015-03-02 [記事URL]

「奇跡の経営」実践法をお伝えします

奇跡の経営

『奇跡の経営』(総合法令)という本をご存知だろうか?
2006年に私が翻訳をさせていただいた本だ。

だからと言うわけではなく、この本は「バリュー・エンゲージメント」と非常に強い関わりがある。というか、そのことを知ったのは、2014年になってから。つまり2006年に翻訳した『奇跡の経営』と「バリュー・エンゲージメント」が8年経った今、私の中で密接に結びついていることに氣づき、本人がもっとも驚いている。

奇跡の経営について知らない方のために、少し説明しよう。
この本の著者は、ブラジルでもっとも人氣があり、かつ急成長を遂げている会社、セムコ社の2代目経営者であるリカルド・セムラーである。

この本のタイトルが『奇跡の経営』となっているのには理由がある。
それはおおよそ私たちの誰もが理想として掲げる会社経営を、現代において実際に実現してしまっているからだ。

奇跡の経営を実現しているセムコ社の経営の特徴をあげると、以下のようなものがある。

– 組織階層がなく組織図もない
– ビジネスプラン、企業戦略を持たない
– 決まったCEO, CIO, COOがいない
– 人事部がない
– キャリアプランがない
– レポートの義務がない
– 社員を監視、監督、管理しない
– etc.

他にも財務諸表をすべて全社員に公開したり、給与を社員が自己申告で決めたり、まだ若手のうちに一定期間引退して、それから職場に戻る、といった、私たちが普通に考える会社のあり方とは全く異なる経営をしている。

そうでありながら毎年、40%の業績アップを果たし、社員も3カ国に3000人が務める規模の組織なのだ。

この本が日本で出版された当時、大きな反響があった。翻訳者である私の元にも、中小から大手企業まで、様々な会社から問合せを受けた。

「いったいどうやったら本に書いてあることを実現できるのか?」

残念ながら、本の中にはそのメソッド(方法論)は明らかになっていない。結果としてセムコがどういう会社になっているか、どういった制度がセムコ社の中で採用されているかだけが書かれている。そして、もちろん奇跡の経営の考え方、思想だ。

あまりにも問合せが多くあり、私自身も知りたいことであったので、翻訳者の立場を利用して著者でありセムコの経営者であるリカルド・セムラーにコンタクトし、どうやったら奇跡の経営を実現できるのか、その方法を教えてもらおうとした。

しかし、リカルドから返ってきた返事は、「メソッドなどない」ということだった。

そして、こう付け加えていた。「重要なのは、本のタイトルにもなっているThe Seven-day Weekend(一週間毎日が週末)であり、社員を大人として正当に扱うこと。本の中で私がもっとも強調して繰り返し述べている」と。

要するにリカルドが言いたかったのはこういうことだ。

「重要なのは、会社で働くことが、社員にとって辛く、疲れ果ててしまうようなことがあってはならないということだ。一週間のうち、5日間会社で働く。その5日間が苦痛で疲れ果ててしまう場所。そしてようやく週末になって、その2日間でエネルギーを充電し、活力を取り戻す。そして、次の苦痛である5日間に備える、などというのは人間が本当に望んでいることではない。

仕事をするのも、週末と同様に、社員が心から望むことであって、働けば働くほど元氣が出てくる、そういった休日のように充実した日々であるのが本来のはずだ。

それから、社員は大人なのだ。社会では大人とみなされ、そして家庭に戻れば、どこへ出掛ける、何を買うといったことを決めるデシジョンメーカーであり、リーダーだ。そんな社員が、会社組織の中では若造扱いされ、何をするにも上司の承認が必要で、やったことは逐一上司に報告しなければならない、なんておかしいではないか。

社員は、立派な一人前の大人であり、自己管理できるのだ。それをなぜ管理監督しなければならないのだろう。そんなことは社員の誰も望んでいない。

こうした信念がセムコにはある。それはセムコの価値観であり、その価値観に基づいた文化が、今のセムコの制度となっているのだ。」

このように理解した私は、この回答に接し、それ以上質問することはできなかった。まさにそのとおりである。大事なのは、職場がバケーションの場と同じように、それを思うと待ち遠しく、心からワクワクするものであること、そこは疲れ果てるところではなく、エネルギーが湧いてくるような場である、職場は本来そうあるべきではないか。

社員は、確かに大人である。皆、悪いことなどしようと思わない。少なくとも、会社が社員にとって最高の働き場所であれば、社員がごまかす必要などないし。全力を尽くして働くに違いない。

そして、これがもっとも重要なのだが、奇跡の経営の形は、セムコの形しかないというのではない。会社組織それぞれ、全く異なる独自の奇跡の経営のあり方があって当然なのだ。

金太郎飴のように、すべてが同じ経営のやり方、同じ文化を持つ組織になろうとする必要はない。だからセムコの制度だけを真似ても仕方がないし、そういうのは無意味であり、またそれを導入してもきっとよい結果にはならないだろう。

しかし、困ったことがある。

奇跡の経営が単に思想、価値観であって、具体的にどうすればよいのかというメソッドがないとしたら、おそらくほとんどの会社が奇跡の経営の実現に相当な困難を極めるだろう。

セムコのように経営者であるリカルド・セムラーが「一週間毎日が週末」「社員は大人」という価値観をしっかり抱いているのならまだしも、そういう経営者はめったにいるものではないだろうから。

そして、私に問合せをしてきた経営者や人事の方に、彼らが望む形の回答をしてあげられないことも明らかだった。

そう、8年前、たくさんのお問い合わせを受けながら、私は彼らに奇跡の経営について、その実現のための明確なメソッドを提示することができなかったのだ。。。

時は過ぎ、2014年現在。

私は奇跡の経営を実現するメソッドを知ることになる。

「一週間毎日が週末」「社員は大人」という価値観を、いかなる組織にも浸透させ、その価値観から組織マネジメントを可能にするメソッドを発見した。

それは、このやる研レポートでも紹介している『バリュー・ファクター』に他ならない。

では、その「バリュー・ファクター」が、どのようにして奇跡の経営に結びつくのか、つぎのレポートをご覧いただきたい。

岩元貴久


社員のやる気は「価値観」が10割。

2013-10-22 [記事URL]

ドクター・ジョン・ディマティーニの近著が発売される。10月24日木曜日発売だ。

タイトルは「Dr.  ディマティーニの最高の自分が見つかる授業

 

その名の通り、「最高の自分」を見つける方法、そして、最高価値観を生きる方法について書かれている。ディマティーニ氏本人が「集大成だ」と語るように、中身が非常に濃い。

 

原題は「THE VALUES FACTOR」

つまり、「価値観」というものを軸として、それこそ恋愛、結婚、夫婦関係、親子関係、健康、経済的自由などなど、人生のあらゆる領域や場面で、なにをどう捉え、考えるべきか、そして、起きていることや現在の自分を、どのように考えれば、最高の自分を見つけ、最高の人生を送れるかについて書かれている。

 

この、バリュー・ファクターという考え方は、当然だが仕事にも役に立つ。すなわち、当研究所のテーマでもある「社員のやる気」を、どのようにすれば、アップできるかについても分かる本である。

 

この本の発売を機に、数回にわたって「バリュー・ファクター」を活用した「社員のやる気」アップの方法などについて伝えていきたい。

 

実は、この本の日本語版は僕が翻訳した。#翻訳にあたっては、当研究所の高衣紗彩氏、岩元貴久氏の多大なるご協力をいただいた。翻訳作業中は、なんとなくドクター・ディマティーニが乗り移ったような気分になっていたが、「価値観」というものが、いかに社員のやる気に関係しているか、改めて理解できたと思う。

 

翻訳作業中、最も「なるほど」と思ったのは、以下のような記述だった。

「モチベーションでは、社員のやる気は上がらない」

これは、ある意味で、人事部や社員研修を行っている人にとっては衝撃的なことではないだろうか?

なにしろ、社員研修と言えば、多くの場合、いかにして社員のモチベーションを上げるか? ということがテーマだからだ。

 

しかし、ドクター・ディマティーニは、それではダメだという。

それはなぜか? そして、なにが本当に社員のやる気をあげるのか?

 

次回以降、詳細に伝えていくが、もちろん、この本を読んでいただければ、そのことも書かれている。簡単に言えば、「社員のやる気は、価値観がすべて」ということである。

 

というわけで、この本は「最高の社員のやる気とである授業」でもある。「社員のやる気」に悩んでいる方は、ぜひ読んでいただきたい。

Dr. ディマティーニの最高の自分が見つかる授業


行動に影響を与える価値の6段階

2013-08-20 [記事URL]

前回のレポート「やる気の科学(2/2)」で、「私たちの行動は、その行動することによる効果(メリット/デメリット)に影響を受ける」ことを紹介した。

つまり私たちは、特定の行動をすることが、自分にメリットとなるならその行動をし、デメリットを被るならその行動を避ける。

このことを理解すれば、仕事の取りかかりが遅い社員に素早く仕事に取りかかって欲しいのなら、①そうすることが社員にとってメリットがある ②そうしないと社員がデメリットを被る ということを社員が認識するように導いてあげればよいということになる。

そこで、その社員にとってのメリット/デメリットとは、何に対してのメリットでありデメリットなのか、その基準となる対象は何か?という問いで前回のレポートを結んだわけだが、さて、その回答について考えていただけただろうか?

この答えこそが、私たちの行動を決め、それが私たちの生き方であり人生そのものとなる。さらにいえば、私たちのアイデンティティ=存在価値を決めるといっても過言ではない。このことを前提に、これから述べることは読者の生き方に大きく関わる非常に重要なことなので、ぜひ心して聞いて欲しい。

まず、私たちの行動がもたらすメリット/デメリットの判断を下す基準となる対象は、一言でいえば私たちが関心を持つ「価値」である。

そして、その価値は以下の6つの段階にわけられる。

<行動に影響を与える価値の6段階>

価値1.生命の維持(睡眠、食欲、性欲といった生理的欲求)

価値2.身体が快適であること(苦痛や疲れのない楽な状態)

価値3.情緒的安心(組織・家族への帰属)/財産欲(持ち物、お金)

価値4.名誉/承認(社会的相対価値:褒められ、感謝される)

価値5.使命の実現(自己実現の手段)

価値6.信念(人間愛)

これを見て、米国の心理学者マズローが提唱した「欲求5段階説」を思い出す読者もいるだろう。

欲求5段階説との違いは、マズローによると人間の欲求は下から順に1つの段階が満たされたら次の段階へと段階的に生理的欲求から安全の欲求、社会的帰属の欲求、尊厳の欲求を経て最高位となる自己実現へと上昇していくといった欲求の進行(順番)を示したものだ。

これに対して価値の6段階は、上位の価値を満たすためには、当該の価値を損ねることを受け入れる。つまり、価値の上位の価値の前では、その下の価値は満たされなくてよいというように、価値の優劣があるとする考え方だ。

価値の優先順位として価値1.生命の維持がもっとも低く、価値6.信念が最上位となる。ただし、前提として、これは平時(日常)の行動に影響する価値であることを予め断っておく。

一見すれば、価値1の生命維持こそがもっとも最高位にある価値であると言えなくもないが、私たちが行動するという意味において、生きていることが前提であるため、ここで述べる価値1の生命維持とは生理的欲求として捉えていただきたい。

例えば、食事をとることは生きるために必要なことだが、身体が疲れていて料理をするのが面倒であれば、食事をとるのをスキップしたり、または食事の時間を遅らせることを厭わないといったことだ。つまり、私たちの行動は、価値1の生命維持よりも価値2の身体的快適を優先するのだ。

価値3の情緒的安心とは、家族への愛着であり、友人グループや会社組織に所属していることへの安心のこと。そして財産欲は、物質欲や金銭欲のこと。情緒的安心と財産欲は、人によってその価値の優劣が異なったり、状況に応じても優劣が変わるため、同列とした。

家族のためなら、身体が多少きつくても会社に行って仕事をする。お金のために肉体労働をすることを厭わないと私たちは判断するが、それは、価値3の情緒的安心/財産欲は、価値2の身体的快楽に優先する価値であることを意味する。

つぎに、価値4の名誉/承認については、仮にうまくごまかすことで容易にお金を手に入れることができる状況があったとする。しかし、騙すという行為は社会から認められるものではないため、多くの人はお金を得ることよりも、騙すことを善しとしない=社会から認められる行為を選ぶのだ(むろん例外は存在しうる)。むしろ、中には汗水たらして稼いだお金を寄付して感謝されることに喜びを感じる人も多数いるのだ現実だ。これは、価値4の名誉/承認が価値3の財産欲より上位となる価値であることを示すものである。

価値5にある使命とは、自分が生まれてきた目的であり、生きる意義と言ってもよい。その目的は、どういう手段で何を実現するか、という具体的な実現手段で表される。

価値4の名誉/承認が、他人や社会から受ける評価であるのに対し、価値5の使命は、自己認識による存在価値となる。自分の使命に気づき、その使命を全うすることを決意したものは、他人の評価に左右されることなく、ひたすら使命の遂行に邁進する生き方をする。

そして、人間はときとして、使命を遂行するために自らの命をかけることすら厭わない。つまり、価値5は価値4に優先するのだ。

これまで述べた1〜5の価値のすべてに優先する価値が、信念である。これは人間愛と言い換えることができる。実はこの価値6の信念は、価値1〜5までとは異なる。

価値1~5は、私たちの平常時の行動の基準となる価値である。それからこの段階の価値は、時間の経過、状況に応じて1から順に変化しやすいものでもある。

ただし、価値5については、平常時の行動に影響するものだとはいえ、この価値を認識している人は少ないのが実情だ。なので、実際の行動が価値5の影響を受けているかという点では、当人の認識とは大きくズレが生じているものである。

これに対し、価値6の信念は、非常時に私たちの行動に影響する価値である。そして、これを意識することは稀であるが故に、生涯を通じてその価値が変わることは少なく一定である。ただし、絶対不変というものではなく、稀ではあるが変わる可能性があると言っておこう。

こうした6段階の価値に対してメリット/デメリットを判断しながら、私たちのとる行動が決まるというのが、私たちの行動のメカニズムというわけだ。

このことを踏まえれば、課題である部下の行動「仕事の取りかかりが遅い」を「素早く仕事に取りかかる」に変えるために何をすればよいか賢明な読者諸氏であれば、察しがついたことだろう。

岩元貴久


やる気の科学(2/2)

2013-07-25 [記事URL]

前回のレポート「やる気の科学(1/2)」で、「やる気がある/ないの状態を具体的な行動で示すと、何をどうすればよいか解決案の目処が見えてくるものだ」と述べた。今回は、その解決案の導き方を具体的に述べることにする。

「やる気」を科学する上でのポイントは、「やる気」という概念を具体的な行動で示すことにある。行動を分析の対象とすることで、ことは論理的にアプローチできるようになるわけだ。私たちの行動には、その行動をする動機(原因)がある。そして、ここがとても重要なのだが、行動の原因となる動機は、時系列で言うならば、行動の前にあるのではなく、行動した後にあることを知って欲しい。

私たちは、原因と結果を考える時、原因が時系列の先(前)にあって、その後に結果が起ると想像してしまう。そのため、行動の動機は、行動する(時系列的に)前にあるものだと考える傾向にある。しかし真実は、行動の後に、その行動の動機があるのだ。これを理解するために、ご自身の持つ行動パターン(習慣)を考えてみるといいだろう。

あなたは、朝起きてから、ある特定の行動パターンで行動するはずだ。特に習慣については、幼少の時からずっと続けているものも少なくない。こうした行動パターンは、生まれた時から備わっていたわけではなく、成長する過程で身につけてきたものだ。つまり、行動パターンは、自然に起ったものではなく、学んだものなのだ。

どのように学んだかと言えば、幼少時には親から「こうしなさい、これはしてはいけません」と指示を受ける。そして、その指示通りにすれば親が褒めてくれる。幼少時、一番嬉しいことは親が自分がしたことで喜んでくれたり、自分の行いを褒めてくれることである。だから、親に喜んでもらおうとして、親が指示することや親がしていることを真似ようとするのだ。その行動を繰り返しとっていると、いつしかそれは無意識で行うようになる。つまり、それが自分の行動パターンとなり、習慣となるというわけだ。

こうして、自分が何か行動する→それで自分が望んでいることを手に入れる(例:親から褒められる)という基準に則る行動を、私たちは繰り返しながら成長していく。それはつまり、行動することによって自分が望むものを手に入れるという基準で、何を行動するかを決めていることに他ならない。これを『行動パターン化の法則』と呼ぶ。

行動パターン化の法則は、私たちは、その行動によってもたらされるメリットを認識すると、その行動をとり続ける。もし、メリットを認識できないようだと、その行動をとらない可能性が高いし。最初はメリットを認識できていたので行動していたが、それを認識できなくなると次第に行動しなくなる。それから、その行動がデメリットを及ぼすと認識すれば、その行動を避ける。もし、その行動のデメリットを認識しない場合は、その行動を意識して避けることはない。

要するに、私たちは自分に利になることを行い、不利になることはしない。逆に、利にならないことは、積極的にすることはない。また、不利と思わなければ、それをあえて避けることもない。このことは、人間を利に生きる動物とは違う霊性の高い存在と考える人にとっては、心情的には認めたくないし、反論したくなるだろう。しかし、冷静になって客観的にご自身の行動を振り返れば、納得いただけるはずだ。損をすることがわかっていて、投資をしたり、モノを購入したりしない。辛いことより楽なことを選ぶし、傷つくことはできるだけ避けるはずだ。仮に厳しい道、困難な道を選ぶとしたら、それは目先のものではなく、その後に得られるメリットを望んでの行動となる。このように、私たちの行動は、その行動することによる効果(メリット/デメリット)に影響を受けるのである。

このことを踏まえて、前回のレポートで例にあげた部下の行動を分析してみよう。

「仕事の取りかかりが遅い」「仕事を完了するスピードが遅い」「遅刻や早退、欠勤が多い」「会議で発言しない」「チームに協力しない」といった部下の行動が問題となっていた。

これに対し、上司が部下に望むのは「素早く仕事に取りかかる」「仕事の能率をと生産性が高い」「仕事に熱心」「会議に積極的に発言し、チームに貢献する」ことであった。

そこで問題解決の目的は、部下の行動を「仕事の取りかかりが遅い」→「素早く仕事に取りかかる」に変えることになる。

この場合の解決法の手順は以下のとおりだ。

まず「仕事の取りかかりが遅い」のは、それによって部下は何らかのメリットを得ている可能性がある。早く仕事に取りかからないことのデメリットを認識していないとも考えられる。または、それによって得られるメリットの方がデメリットよりも大きいと認識している。

そこでやるべきは、

① 仕事の取りかかりが遅いことのよるメリットを部下と話し合って、部下に挙げてもらう。

② 次に、仕事の取りかかりが遅いことのデメリットを部下に考えてもらい、メリットよりもデメリットの方が大きいと部下が認識するまであげてもらう。

それから今度は「素早く仕事に取りかかる」ことについてだ。部下は「素早く仕事に取りかかる」ことのメリットを認識していないか、またはそのデメリットを認識、またはデメリットの方がメリットよりも大きいと認識している。そこで、次の手順をとる。

③ 素早く仕事に取りかかることでどんなデメリットがあるか、部下に挙げてもらう。

④ 次に、メリットについて、部下が思いつく限りすべて挙げてもらう。デメリットよりもメリットの方が大きいと認識してもらうまで挙げることがポイントだ。

このワークを終えると、部下の認識は以下のように変わっているはずだ。

仕事の取りかかりが遅い:自分にとって都合が悪い(デメリット>メリット)

素早く仕事に取りかかる:自分にとって都合が良い(デメリット<メリット)

一般の質問として、部下に仕事に素早く取り組むのと、取りかかりが遅いのとどちらか望ましいかと尋ねれば、前者であると答えるだろう。しかし、部下の心の底(潜在意識)まで、この考えが浸透しているとは限らない。特に仕事の取りかかりが遅い社員の認識は、逆の状態なのだ。だからこそ、上述したワークは、言葉遊びで終わらせるのではなく、部下にしっかりと認識し、紙に書き出してもらうことが重要だ。それも、メリット/デメリットの内容を詳細に明確に書いてもらう。そうすることではじめてメリット/デメリットがはっきりと認識され、潜在意識まで浸透するのだ。

こうすることで、部下の行動は「仕事の取りかかりが遅い」→「素早く仕事に取りかかる」へと変わる。

実際に試してみるといい。きっとあまりにも簡単に、そしてその即効性に驚くことになるだろう。

さて、「実際に試してみるといい」とは言ったものの、読者がそれを実行しようとすると、きっと1つの疑問が浮かびあがることだろう。それは、メリット/デメリットを洗い出すときの基準である。誰に対して、そして何に対してのメリット/デメリットなのか?と。。。

実は、それこそが「行動の科学のキモ」なのだ。この答えについては、次回のレポートで明らかにし、かつ具体的な手法をお伝えするので楽しみにしていて欲しい。それまでは、読者のみなさんで、行動の科学のキモであるメリット/デメリットの基準が何なのかを考えてみて欲しい。

岩元貴久


やる気の科学(1/2)

2013-07-20 [記事URL]

仕事の能率の上がらない社員。仕事で成果を出せない社員。仕事の覚えが悪い社員。

 

そういう部下を見て、どうも覇氣がなく、仕事に対して真剣度が足りない。いわゆる「やる気がないのではないか」と思ったことはないだろうか。

 

部下にそうした印象を持った上司としては「もっとやる気を持って欲しい」と社員に言いたくなるわけだが、ちょっと待って欲しい。仕事の生産性が低いといった問題の原因が、本当にやる気のなさから生じているのか、冷静になって考えていただきたい。

 

私もコンサルタント会社に勤めていた時代に部下を持ったことがある。そして、経営者として社員を持って13年以上になる。部下や社員を育てようとしていろいろと苦心してきた。その過程において、「やる気」が問題の原因だと考えたこともある。そして、部下や社員を連れ出してバーや居酒屋で個人的に話をし、やる気を持ってもらおうとした。多くの場合、話の最後には部下や社員から「よくわかりました。これからがんばります!」と威勢の良い返事をもらい、やる気を出してくれてよかったと安堵したものだ。

 

しかし、それで彼らの仕事の能率が上がったか、パフォーマンスが向上したかと言えば、一時的な改善は見られたこともあったが、ほとんどの場合、早晩元の状態に戻ってしまうのだった。これは読者の中には、同じような経験をされた方も多いのではないか。当時の私は、大きな思い違いをしていたのだ。やる気が仕事で成果が出ない社員の問題の原因と考えていたのだった。

 

実は、やる気は原因とはならない。仕事に対するやる気は、生産性や業績、成果と同様、結果として捉えるのが妥当だ。そもそも「やる気がない」とは「仕事の能率が悪い」を別の表現で言い換えただけに過ぎない。しかもそれは、事実として現れている現象ではなく概念に過ぎない。

 

それからこれが大事なのだが、物事の問題の解決を図るにあたり、概念としての心(こころ)の状態を原因とすることは賢明ではない。なぜなら、こころは主観的なものであるため、問題を曖昧なものにしてしまうのだ。解決しようとしている対象が曖昧であるとき、何をどのように分析し解決すればよいのかわかろうはずもない。強いて無理に答えを導くとすれば、それは直観による解決案の提示だ。しかしながらこの時の直観は、インスピレーションと言えば聞こえがよいが、実のところは山カンであり、言い換えれば当てずっぽうのことだ。

 

問題解決には基本原則がある。それは、結果には必ず原因があるとする考えだ。そして、原因はできる限り明確で具体的、客観的なものでなければならない。つまり、それは事実として起っている/表れている現象のことだ。

 

社員の仕事の能率が悪い、成果が出ない、仕事を覚えられないといった問題の原因には、職場の環境や情報の不備、業務プロセスなど、挙げれば数多くの仮説を立てることができる。それらの(問題の原因となりえる)仮説をYes/Noで答えられるように検証していくと、真の原因、つまりは対処すべき課題(=解決策)が明らかになるものだ。この方法については、本レポートの主旨ではないためここでは扱わない。ここでは、やる研レポートのテーマである「やる気」に関連した問題解決について述べることにする。

 

さて、「社員がやる気がない」だが、これはあくまで概念であり、解決すべき対象ではない。解決すべき課題は別のところにある。それは実際に表れている現象、起っている事実を明確にすることだ。

 

そもそも社員のやる気がないと認識しているのは、そのように判断する社員の行動が前提としてある。「仕事の取りかかりが遅い」とか「仕事を完了するスピードが遅い」「遅刻や早退、欠勤が多い」「会議で発言しない」「チームに協力しない」等々。そして、この社員の態度や行動が実際に起っている問題なのだ。

 

この問題に対して、上司が社員に望んでいることは「素早く仕事に取りかかる」「仕事の能率がよく生産性が高い」「仕事に熱心」「会議に積極的に発言し、チームに貢献する」ことである。それさえできていれば、ある意味、社員がやる気があろうがなかろうが実はどうでもいい。ただ、実際にはそういうことができる社員は、外から見てもやる気があるように見えるし、実際のところそれは正しい。

 

さて、やる気がある/ないの状態を、上述のように具体的な行動で示すと、何をどうすればよいか解決案の目処が見えてくるものだ。次回は「やる気の科学(2/2)」で、この解決策の具体的な方法について述べることにする。

 

 

岩元貴久


リーダーシップを発揮する社員(2/2):リーダーとやる気

2013-06-23 [記事URL]

前回の投稿『リーダーシップを発揮する社員(1):個の力』に関連して、今回は「リーダーシップ」について考察する。

日本ではリーダーというと、部や課、プロジェクトチームなどの特定のグループ単位の中で、職位がもっとも上位の者が務めることが多い。

なのでリーダーとは役職の順位によって決まる、役職の代替概念ととらえてよい。

また日本では年齢が役職に就く基準として未だにあるため、若いスタッフがリーダーとみなされることは少ない。

そして、グループではリーダーがたいてい1人と決まっており、それ以外はサブリーダーがいたとしても、ほぼ名ばかりで、1人のリーダー以外は、フォロワーとしてリーダーの指図に従うという構図だ。

若いスタッフが、リーダーの決定したことに反論したり、覆すような意見/アイデアを述べることは稀であり、そういうことをしてはならないという暗黙の了解さえあると言ってよいだろう。

したがって、リーダーシップは、一人のリーダーが発揮するものであり、それ以外の人にはもとめられない、関係のないスキルであるという認識が組織内にある。

リーダーになるにしても、ある日突然、昇進を機にリーダーシップを発揮することをもとめられる。それまで不要とされ、訓練されてもいなければ経験も積んでいないのにである。

さて、筆者は「日本では」と書いた。

なぜかと言えば、筆者はアメリカの大手経営コンサルティング会社の東京事務所で3年、アメリカ本社に5年務めた経験、そしてまた日米の合弁会社に2年務めた経験があり、働くスタイル/意識の違いを実際に認識しているからだ。

コンサルティング会社といえば、さまざまな職種の中でも、もっともプロフェッショナル意識の強い個の集団である。

しかしながら、同じコンサルティングという職業であっても、日本とアメリカでは働く者にもとめられることに明確な差がある。

その違いとはひとえに「リーダーシップ」である。

外資系コンサルティング会社とはいえ、日本の事務所では、前述したような風潮が他の業界と比較するとだいぶ薄いが、まだ確かに残っているのが実情だ。スタッフコンサルタントから見れば、パートナーという職位にある人は上長であり、ちょっと逆らえない雰囲氣があるのだ。

何にもましてスタッフにリーダーシップをもとめるようなことは少ないように思う。

これがアメリカの事務所になると、スタッフコンサルタントであってもプロジェクトチームの中でリーダーシップの発揮を強くもとめられる。

プロジェクトリーダーは確かにいるのだが、プロジェクトチームのメンバーは、全員各自がリーダーであり、フォロワーでいようとすれば、まず評価されない。

年収にも影響するし、最悪の場合、職そものの安全をおびやかされかねないのだ。

なので否応無しに、職位に関係なく働くすべての人がリーダーという意識を持って、リーダーシップを発揮することがもとめられるわけだ。

さて、ここまでの話を聞いて「それはコンサルティング会社のことでしょ。自分の会社はメーカーだから関係ないよ」と思う読者もいることだろう。

しかし、はたしてそうだろうか?

今や事業環境はどんどん変化し、インターネットによって事業の展開、運営スピードは益々速くなっており、意思決定のスピードアップがもとめられる時代である。

また、グローバル化の進展によって、海外企業との取引が増加し、従業員も日本国籍の人ばかりとは限らない時代に入りつつある。既にそれを実体験として認識している読者もいるだろう。

これによる影響は一部の企業だけにとどまらず、例え地方の零細企業であっても逃れることはできないことを認識することが賢明だ。

なぜなら、遅かれ早かれ、消費者/顧客の誰もが、そうしたスピード感に慣れ、それを要求するようになるのだから。

そして何よりもリーダーシップは、本「やる研レポート」のテーマである「社員のやる気」と密接に関係することを認識することだ。

チームの中で、リーダーとなる人の要件は、そのチームの目的/目標に対してもっともコミットしている、やる気の高い人であることに異論は無かろう。

つまり、チームの目標を達成することが、その人の価値観に合致している人が必然的にリーダーになるのだ。

そして、ここが肝心なのがリーダーの定義である。

リーダーとは、仕事への責任感が強く、目標を明確に定め、目標の達成意欲が高く、自発的/積極的に率先して働き、仕事の遂行のために必要なリソースを動かし、意思決定する者である。

さらに加えるなら、自分が何をしたいか、何をもとめているかを、一緒に仕事をする人たちに伝える者である。

これらの1つ1つの要件をみて、働く者にとって当てはまらないものが1つでもあるだろうか?

全社員がその職位に関係なく、仕事への責任感、明確な仕事の目標、目標達成へのコミットメント、自発的に働くことは当然である。

では、仕事の遂行のために必要なリソースを動かすことについてはどうか?

リソースとは、自分が持つ資源(情報/知識、人脈、スキル、お金/予算)のことであり、これらはどの職位の社員であろうとすべて既に持っているか、(もとめれば)持つことができるものだ。

例えそれが新入社員であろうと、課やプロジェクトチームに配属されたとき、自分を中心において、周りにあるリソースを見る目を持てばよい。

すると、経験のある上長や予算に影響力を持つ役職の人、プロジェクト遂行に必要な知識に詳しい先輩、事務処理能力のある同僚、社外の知人、取引先など、自分が活用できるリソースに囲まれていることに氣づくはずだ。

つまり、どんな規模のプロジェクト案件であろうと、またどんな立場で参加するのであろうと、自分がやるべき仕事の目標をしっかりと定め、目標達成のために自分が(潜在的に)使えるリソースを自分を中心として配置し、いかに活用するかを考えるのである。

自分の仕事の目的を遂行するために、上司には何をしてもらう必要がある。そのために上司にどのように働きかけるかを考えるのだ。

具体的には、プロジェクトにおける自分の仕事の目標を中心におく。それがこのプロジェクトにおける自分がもっとも優先する最高位の価値観となる。

自分の周りにプロジェクトの遂行に必要なリソース(社長、プロジェクトリーダー、予算に影響力を持つ管理職、知識豊富な先輩スタッフ、同僚、取引先の担当者等)を配置し、彼らに何をしてもらうと仕事がスムースに遂行できるか、そして彼らに協力してもらうために、自分は彼らに何を提供するかを考えるのだ。

これはサッカーに例えれば、わかりやすいだろう。
 
サッカーチームには監督がいて、キャプテン、そして選手がいる。監督はチームのフォーメーションや大きな戦略を与える。会社で言えば社長だ。キャプテンは、実際にプレイするフィールドの中で、チームに試合に勝つ目標に向かって選手達を鼓舞したり、状況に応じた指示を出す。
 
 
では、各選手は、全員が言われた通りにフォローするだけだろうか?
 
もちろん、そんなことはない。それぞれのポジションの中で、選手達は各自の目標(得点する、ゲームを組み立てる、失点を阻止する等)を持っている。そして、その目標を実現するために、周りの選手に動いてもらうようポジションを指図したりパスを要求する。
 
 
このようにサッカーでは、選手一人ひとりが自分のポジションにおいてリーダーシップを発揮するリーダーなのだ。目標を明確に定めて、そのために必要な周りの選手を動かしながら自発的に動き、状況を見ながら適切な意思決定をするのだ。
 
サッカーは、監督から選手を含め全員がリーダーとなってリーダーシップを発揮する。そうでないと勝利を掴むことはできない。
 
 
これからの企業は、サッカーのようにめまぐるしく状況が変わる中、社員全員が高い意識を持ち意思決定できるリーダーとなる組織にならなければならない。
 
 
当然ながら、その組織では、やる気を持った社員が働いているのだ。
 
 
岩元貴久

自分の内側で「やる気」を自ら燃え続けさせるには

2013-06-22 [記事URL]

企業の現場にいるチームリーダー、マネージャー等の管理職は、チームメンバーの「仕事に対するやる気」を高めて貰うために、日々研究をし、実践をし、工夫を凝らしています。

 

 一昔前は、「カツ」を入れる、「シメる」、といった上からの締め付けによる管理が主流でした。

 

私はかつて日本の某都市銀行の香港支店で働いていましたが、その当時の上司などは、「最近たるんでるので、昨日ちょっと締めたのたが、締めすぎた」などと、自分の同期に電話をかけて話していたことを思い出します。そんな上司の行為こそが、我々平部員のモチベーションを下げる要因になっていたのだが、そんなことは上司は知る由もありません。

 

それはいいとして、その上司の締め方が、とてつもなく凄まじかったのです。自分のデスクの前に夜8時位から立たせ、延々夜中の3時位まで説教をし続けるのです。私は、「女性」だったので、その締め上げを免れていましたが、残業が終わった10時過ぎに、立ちっパで怒られ続けている同僚を横目で見ながら帰宅するのは、忍びなかったものです。上司の言う「シメル」は、「締める」ではなく「絞める」だと思っていた位です。

 

 少し前は、こういった「怖れ」や「威圧」がモチベーションを上げるのに有効、或いは、そうやって威圧を与えなければ部下は働かないもの、という認識が社会にあったように思います。これは、そんなに前のことではありません。高度成長期の話ではなく、バブルが弾けた後の1990年代の話です。

 翻って、現在。そんな管理手法はめっきり姿を消したようですが、代わりに、「褒めて」モチベーションを上げる、「褒め」管理が流行しているように思います。

 

「君は素晴らしいね。その調子でこれからも頑張ってくれ」といった具合です。

 

 上げて上げて、喜んで貰って、頑張ってもらう。これは、人間の持つ承認要求に応える形でのモチベーションアップ手法の一つで、それはそれで有効です。が、これには、欠点もあります。それは、常に承認し続けなければならないこと。また、部下が結果を出せないで苦しんでいる時などには、この手法は使えないばかりか、逆効果になる可能性もあります。

 

 結果が出せない時に、褒められても、そうやってモチベーションを上げようとしているのだな、とバレバレです。それに、下向きになっている時に良い言葉を投げかけられても、心に響くどころか、逆に落としてしまうことにもなりかねません。

 

このサイトを覗いて頂いているアンテナの高い管理職の方々は、ご存知の方も多いと思いますが、最近では、人材を人財と呼んで、「費用」扱いしないという考え方が出て来ています。費用扱いしないということは、人材を「リソース=資源」として扱わないということです。増やしたり減らしたりする投入資源としてではなく、会社の財産として、大切に扱う、ということです。

 

欧米などでも株主に向いた経営ではなく、社員を大切に扱う経営が脚光を浴びてきています。社員が幸せであれば、社員は自ずと顧客を大切にし、会社のファンが増え売上増に結びつき、ひいては株主の為になる、というのが理論のベースとなっています。

 

それを唱える学者の一人に、ヘンリー・ミンツバーグ教授という方がいます。ミンツバーグ教授は、日本ではあまり知られていませんが、欧米ではピーター・ドラッカーと並び称される経営学の大家です。 彼は、この3月に日本を訪れ、講演をしています。私も講演を拝聴しましたが、彼の経営理論がダイヤモンド・オンラインで紹介されているので、そこから要点を抜粋したいと思います。

————

彼の主張は、マネジメントとは人間の能力をシステムに適用することで、システムを人に適用することではないという基本的な信念を軸に展開される。そして、やる気とは、自分が大切に扱われているという気持ち、つまり自己や周囲に対する肯定感や信頼感といった気持ち、心理的作用から起こるものとし、コミュニティシップ経営なるものを提唱する。

 彼は論文「『コミュニティシップ』経営論」(ダイヤモンド・ハーバードビジネスレビュー/2009年11月号)において、「コミュニティは、仕事や同僚、そして自分たちの居場所(それは地理的な意味だけではなく、様々な意味において)を大切にし、この気持ちによってやる気が湧いてくるところである」と述べている。

———

 

自分の居場所がある、とは、すなわち、自分の<ミッション>が明確であることに他なりません。自らのミッションを明確に持っている人は、ミッションが明確な企業同様、ブレがなく、方向性がはっきりとしており、強いのです。ミッションとは、すなわち、社会での役割のことです。自らの役割を社会性を持って強く“意識”した時、それは“使命”すなわち、<ミッション>になります。

 

実際、クライアントさんと接していて、自分の人生におけるミッションを発見すると、そのサインが目に見える形で現れます。瞳の奥がキラっと光り、心の底から納得したような、長年探していたものが目の前に現れたような安堵感と喜びに包まれた表情をされます。

 

そして、現在携わっている仕事や個人で取り組んでるボランティアや趣味などがミッションと深くリンクしていると気づいた時、瞳の奥に、第二の光が現れます。自分の任務、使命を全うすることが、自分の存在価値を立証する、高めることになるのだと気づいた瞬間です。自己重要感、自己信頼感が一気に増すのです。こうなると、任務全うのためのアイデアが沢山浮かぶようで、

 

 「私には、やることが沢山あります」

 

「こうしてはいられないのです」

 

「早く社に帰って、色々アイデアを具体化して取り組みたい」

 

 といった言葉が次々と飛び出してきます。

 

自分の<ミッション>への気づきが、コミットへと変容した瞬間です。あとは放っておいても、内側からやる気がみなぎり、周囲を巻き込み、どんどんと仕事を創造し、こなして行きます。与えられた仕事をするのではなく、自分から仕事を見出し、創りだし、こなして行くようになります。ミンツバーグ教授の言うとおり、

 

「マネジメントを実践していくには、理論だけでなく、人の気持ち、感情を土台とした周囲とのつながりがとても重要」なのです。そして、

 

「心の持ちようの変化は、個々の心の中に起こることだけれども、それが対話の場に集ったマネジャーそれぞれに同時進行で起きたとき、組織として大きな力を発揮」します。

 

 企業として、中間管理職のそれぞれが<ミッション>に目覚めることほど、強いことはないでしょう。なにしろ、歯車のそれぞれが、自ら動き出すのですから。

 

 私は、「結果が全て」である外資の金融機関で20年仕事をしてきた中で、使命感<ミッション>を持って仕事に取り組むことほど強いものはないことを実感し、これこそが、自分でも認識していなかった、自分の中に眠る最高の可能性を引き出し、最高のパフォーマンスを発揮するために必要なことだと、確信を得ました。

 

 一つの部門を任されてからは、一人一人の部員が、携わる仕事に自分独自の使命感を見出せるように、仕事の割り振りを考えてきました。その人が持つ、相対的な「強み」が最大限に発揮できる仕事を割り振り、

 

「あなたにしかこの仕事はできない」

 

「あなたの人生にとっても、この仕事に携わることは非常に重要な意味がある」

 

を肝に銘じてもらうことに、労力と時間を費やしました。

 

それが腑に落ちると、人は驚くような仕事をします。仕事の中に使命感<ミッション>を見出している人は、周囲や本人さえもが思ってもみなかったような加速度的な成長を遂げ、考えてもみなかったような結果を打ち出してくるのです。

この理由の第一には、仕事の中に<ミッション>を見出している人は、自己重要感が高く、自信に溢れ、文字通り使命感に溢れ、幸せで心が満ち足りている点が挙げられます。幸せな気持ちで物事に取り組んだ結果もたらされるものは、我慢して嫌々取り組んだ場合とは大きな差が出ることは、周知の通りでしょう。

 

第二に、仕事の中に<ミッション>を見出している人には、迷いがありません。自分の<ミッション>は、この自分が果たさなければ、誰も果たす事ができない、との強い確信があるため、何か困難に出会ったり失敗した時なども、挫折、落ち込み、凹み、といった方向にマインドが向かわず、その段階を飛ばして、何が最善の策なのかを探して脳がプロアクティブに動くことになります。この状態にある人は、「失敗」の報告と同時に「こう対応しました」或は、「こう対応します」という対応策、解決策を持ってきます。しかも、それが早い。

 

第三に、多くの協力者を引き寄せることになり、運をも見方につけるようになります。ミッションに生きていると、内面からの輝きが違ってきて、直感やインスピレーションなども湧いてくるようになります。それが必要とする協力者を惹き付け、自らが必要とする潮流をも創りだす動きができるようになるのです。

 

こういった経験を通して、私が学んだことは、

 

1)メンタルとは、強くするものではないということ。使命感<ミッション>を持っていれば、メンタルが強くなるのです。

 

2)モチベーションは高めるものではないということ。使命感<ミッション>を持っていれば、モチベーションが高まるのです。

 

それがわかってから、私は、部員全員が「仕事の中に自分だけの使命感<ミッション>を見出していること」をマネジメントの柱とする管理手法に切り替えました。個々人のパフォーマンスが劇的に上がったのは、言うまでもありません。

 

 では、<ミッション>を明確に知るには、どうしたら良いのでしょうか。実は、この理論を唱える学者や経営者は、世の中に数多く存在します。ですが、方法論まで確立しているものは少なく、その中で効果があるものとなると、本当に極僅かになります。

 

ミッションを知るための第一歩は、自分のコアな部分が最も大切にしている、本当の自分の噓偽りのない「価値観」を知ることです。私たち、特に40代以上は、社会や親の価値観が画一的であった時代に育ったため、大半が自分自身の価値観というものを認識すらしていない、或いは、ずっと心の奥に押し込めてこれまで生きて来ました。

 

会社の価値観、親の価値観を自分の価値観と思い込んで就職、結婚という人生の重要イベントの決断をしてきたため、仕事に必要以上のストレスを感じ、病気になったり心が病んだり….。それでも働き続ける為に、メンタル面のケアが必要になり….。

 

心が嫌だと言っている仕事だから、ワークライフバランスが必要になるのです。心が喜ぶ仕事なら、オンとオフの線引きなど必要なくなるでしょうし、引こうとしても引けなくなるはずです。

 

一日一日の日常、その連続が、人生です。

 

他人の価値観が反映された日常を送っているなら、他人の価値観を生きる人生になります。

 

会社の価値観は、会社の価値観。

 

親の価値観は親の価値観。

 

自分には、自分の価値観、もっと言うと、世界観があるはずです。

 

自分は、何を信念に、何を善しとし、何に美を感じ、何をしようとして、生きているのか。

 

そういった、自分の世界観、自分の軸。

 

自分の今の人生、日常は、それが反映されたものなのか。

 

そう自分自身に問うてみること、

 

そして、答えがノーならば、自らの価値観に従い、<ミッション>に生きる生き方に修正すること

 

それが自らの内側でやる気を燃え続けさせ、結果を出すための第一歩であると考えます。

 

ミッション・ミッケ 代表
ビジネスパフォーマンス・コーチ/トレーナー
高衣 紗彩


リーダーシップを発揮する社員(1/2):個の力

2013-06-13 [記事URL]

日本人は個人ではパッとしないが、集団になると非常に優秀であると言われる。

ステレオタイプな意見と言えばそれまでだが、あながち的外れでないことは読者もお感じのことだろう。

これは、日本では学校教育や家庭で「協調性」を重視した教育がなされているのと、もともとの日本の風土、氣質に起因しているものと思われる。

アメリカと日本で会社経営をしている筆者からみて、日本人は総じて個人の利益よりも集団の利益により意識を向ける傾向が強いと感じる。

このことは企業のシステムを見てもわかる。未だに多くの企業で実質的に行われている年功序列型の昇進、給与体系は、組織の秩序、すなわち調和を保つための施策の1つであると言ってよい。

3.11の後、日本では「絆」という言葉が頻繁に使われるようになったが、これも協調性に価値をおく日本人の特性に叶ったものであろう。

実際に日本企業が1980年代に世界で注目されていたのは、その日本人の和に基づいた企業活動が業績を上げる原動力になった。

当時は、日本の製造業はまさに世界を席巻するほどの勢いがあった。日本製品の代名詞とも言える「安くて高品質」は、製品とはかくあるべきだという理想を世界に示したともいえる。

そして、それを可能にしたのは、ウィリアム・エドワーズ・デミング博士による「品質管理」の概念であった。とりわけ日本では現場作業員と管理者が共同で行うQCサークル(品質改善活動)が盛んに行われ、日本の製造技術を一挙に世界トップレベルに押し上げた。

このQCサークルの特徴は、現場で働くブルーカラーの作業員と管理する側であるホワイトカラーの監督や設計者が一緒にチームを組んで品質の改善活動に取り組むことであった。

つまり、管理する側と管理される側が、その垣根を越えて同じ目的に向かって共に働くわけだ。

これはホワイトカラーとブルーカラーの業務が縦割りで明確に区別され、決して交流することのない当時の欧米企業にとっては驚きであった。

このように日本人の和の精神が、品質改善活動に大きく貢献し、日本企業は世界トップレベルの力をつけたのである。

さて、では現代の日本企業はどうだろうか?

企業環境は、1980年代とは大きく様変わりしている。人の価値観はさらに多様化し、インターネットの発達によりビジネスモデルの変革とともにビジネスの展開スピードが加速、またグローバル化の伸展により競争が激化している。

そうした状況の中、日本企業かかつての勢いを失い、世界の市場では、韓国を始めとする台頭するアジア企業と肩を並べられ、サービスや小売り、コミュニティービジネスでは、アメリカに水をあけられている状態だ。

日本企業得意のチームの和では、突破できない壁を感じている経営者が多いのではないだろうか。

個人的に「和の精神に基づくチーム力」は日本の特徴といえるもので、失ってはならないと思う。

ただし、物事には必ず二面性があるように、チームの和を尊重する姿勢には、プラス面もあればマイナス面もあることを認識することだ。

和を尊重すると、次第に同調圧力が強まる。

チーム内の協調性が重視され、それが行き過ぎて、皆と同じことをすることをもとめられるようになる。

それに反することは、悪なのだ。

反したものは「村八分」的に疎まれ、評価されない。そして、それを避けるために、いつしか社員には

― 言いたいことがあっても発言しない。

― よりよいアイデアを持っていても、チームの方針に反するようなことは言わない。

― 上長の意見に反対を表明しない。

といった意識が芽生えるようになる。

チーム会議は、一部の上長(リーダー)の方針を確認し、その意見に賛同する場と化してしまうのだ。

また、突出した存在を認めない。いわゆる「出る杭は打たれる」的な扱いをされるのだ。

「他人と違うことをしてはならない。」

「場の雰囲氣を乱してはならない。」

といった暗黙の了解が組織風土に根づいてしまう。

これは次第に組織の中に個の力の伸展を妨げる弊害となってしまう。

しかし、和の精神に基づくチーム力の本来の目的は、個の力を合わせてシナジーを生み出すことにある。

それを前提にすれば、本来は組織は、個がその潜在力をいかんなく伸ばし、発揮することを歓迎し、サポートするべきである。

組織がその目的を実現するためには、チームの協調性のために個が妥協するようなことがあってはならないのだ。

サッカー日本代表チームを見ると、世界のトップレベルで活動し、世界トップレベルの選手になることを目指している選手は、共通して「個の力」を伸ばすことを強調している。

チームが世界のトップレベルに立つには、強い個の力が結集させることがチーム力の向上になるというのである。

2013年6月4日のワールドカップ(W杯)予選突破を決めたオーストラリア戦の翌日に行われた記者会見でMF香川真司選手が次のように答えている。

代表チームが抱えている課題は?の問いに対して

「もっと強い意志や信念を選手一人ひとりが持たないと。代表としてまだまだ個性が足りない。

日本代表の良さとして、チームワークというのは大事なものだけど、それだけでは勝てない。

個性がもっともっと表れてこないといけない」

そして、香川選手の考える個性とは

「日本代表はチームワークを大事にして、チームのためにやっているという考えを持った選手が多い。

それが日本の特徴ではあるけど、その中でももっと、自分がやるという強い気持ちを持つ選手が必要。

個性、強さをもっとみんな持たないといけない。」

香川選手が所属する世界トップのクラブチーム(マンチェスター・ユナイテッド)との違いについて

「チーム(マンチェスター・ユナイテッド)には強力な個性を持った選手がいて、彼らと同等、彼ら以上の意識を持っていないといけない。2年目はチームの中でいかに自分を表現できて、主力としてやれるかというのが必ず代表にもつながる。今年は周りがすごいから、その中でやっていただけだった。」

注)出典:2013/06/05付けのGoal.comの記事から抜粋。

つまり、香川選手は、世界で戦うには自身も含めた一人ひとりが個人の力をレベルアップさせていくことが日本代表全体としての成長につながると訴えているのだ。

もう一度言うが、日本人が大切にしている「和の精神」「協調性」といった価値観はすばらしい特性であり、失ってはならないと思う。

これからはその和を構成している個の力をさらに磨くことで、強力なシナジーが働き組織力をさらに増大させる時代になったのだ。

個の力を発揮する。つまりそれは、社員一人ひとりが自分の特性である才能、知識、スキルを大いに磨いてそれを仕事を通して表現することである。

ここで重要なのは、社員の才能、知識、スキルは、それぞれの社員の価値観の表れであることを知っておくことだ。

そして、この世にまったく同じ価値観を持つもの等一人もいない。似た人はいるだろうが、まったく同じ価値観を持つ人等いないことを認識することが重要だ。

特に21世紀に入ってからは、個人の価値観はその違いがはっきりとわかるようになっている。

それだからこそ、この価値観を認識することなく組織の和を押し進めようとすると、協調性の名の下に、社員が自分の価値観をねじ曲げたり、時には押し殺して、他者(組織)の価値観を受け入れる形をとることになるのだ。

これでは組織の力など発揮するべくもないことがおわかりだろう。

社員一人ひとりが自分の価値観に基づき自己主張することになると、協調性が崩れるように危惧する読者がいるかもしれない。

しかし、自然界を見ればそんな心配などいらないことがわかるはずだ。

自然界の生物の種類は、500万種以上あると言われているが、それぞれが特徴を持って生きている。誰かに遠慮したり妥協することなく、自らの特徴(個性)を発揮して(言い換えれば、自己主張)生きているが、全体として見事に完璧なハーモニーを奏でているではないか。

企業が組織力を最大限に引き上げるには、社員が個の力を発揮することであり、それは社員が自身の価値観に基づいて働くことである。

それができている組織は、そこで働く社員はハツラツとして幸せであろう。

この続きは『リーダーシップを発揮する社員(2):リーダーとやる気』をご覧下さい。


ご挨拶

2013-05-28 [記事URL]

はじめまして、やる気研究所の代表を務めさせていただいています岩元貴久です。

この度、やる気研究所、通称「やる研」のホームページを公開する運びとなりましたので、ご挨拶を兼ねて、当サイトを用意した主旨と皆様にとって、どのようなメリットがあるか説明させていただきます。

やる研の発足目的は、人々がそれぞれの天才性を発揮して、自分らしく、やりたいことをして生き生きと暮らす社会の実現です。

私たちが、もっとも知力体力が充実して活動できる年齢(20歳〜60歳)で人生の大半の時間を送るのは仕事を通してです。

そこで、特に企業で働くビジネスパーソン(会社経営者/幹部、中間管理職、社員、そして起業家)を対象に、仕事を通して自己実現(ミッション)するための支援をすることを目的として、当サイトを立ち上げました。

そして、その中でも私たちが注目しているのが当サイトの名称に『社員のやる気』とあるように「やる氣」です。※(「気」ではなく「氣」の漢字を用いるのは、心身統一合氣道、宗主 藤平光一先生の「氣」はエネルギーであり「〆(しめ)る」ものではなく出す(発する)ものという考えを踏襲したものです。当サイトなど固有名詞の名称には「気」を用いますが、私の文章の中では「氣」を用います。)

自分がやりたくもないことをして、いくら成果を達成したとしても、心の充実を感じることはないでしょう。

いわんや、その達成までの過程は、楽しいものであるはずがありません。実際にはやりたくないことをして、成果を上げることは至難でしょう。

パナソニック(旧 松下電器産業)の創業者であり「経営の神様」とまで言われた故松下幸之助氏が「企業(事業)は人なり」と言っていたと聞くに至っては、社員がやりたいことをして活氣のある組織を作るのは、経営者が成すべきことの最優先の命題であり、かつこれは企業に務めるすべてのビジネスパーソンに言えることでしょう。

だからこそ、私たちは「やる氣」にこだわり、やる氣とは何か?私たちのやる氣のメカニズム、そして持続する真に有効なやる氣が起る方法の研究と実証を行い、その結果を『やる研レポート』にまとめ、当サイトで発表し皆様とその知恵を共有して参ります。

当サイト『やる研』は、個人事業主、起業家、社会進出する女性、企業経営者、部下を持つ管理者、人事や社員教育の担当者、そして人材斡旋/キャリアプランのプロフェッショナルの方々にとって、働くことに生きがいとと喜びを持っていただくための情報のポータルサイトとしてご利用いただきたいと考えております。

また、ご自身のキャリアや仕事えの取り組みを真剣にお考えのビジネスパーソンにとっても、有益なインスピレーションとなるサイトとして、活動して参ります。

「やる研レポート」は随時更新していますので、どうぞ頻繁に当サイトをご訪問ください。

これからも末永くお付き合いいただけますようお願い申し上げます。

平成25年5月28日

やる気研究所

岩元貴久


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